Hola mamitateraです。
今日は、メキシコ人の友人と教育について話す機会がありました。
そこで改めて、日本の教育について考えたことを書きたいと思います。
なお、教育については賛否両論あると思います。
あくまで私個人が感じたことや、ネットで調べたことをベースに書いています。
一個人の見解として読んでいただければ嬉しいです。
メキシコの友人からの質問
話していたメキシコ人の友人は学校関係の仕事をしています。
彼女がこんなことを言っていました。
「メキシコでは、親が学校に対して、勉強だけでなく生活面や様々なことの教育も期待して、学校に文句を言うことが多いんだ。日本ではどう?」
私はこう答えました。
「日本でも、勉強だけでなく生活面の指導も学校がしているし、親もそれをある程度期待していると思う。でも、今は過渡期にあると思う。」
そんな話をしていました。
でも、会話が終わって家に帰る途中で思ったんです。
「ああ、ちゃんと伝えきれなかったな。もっと説明したかった!」
そこから、日本の教育についていろいろな考えが頭に浮かんできました。
日本の学校は「社会を学ぶ場所」
まず思い浮かんだのは、日本には
「地域で子どもを育てる」という考え方があることです。
そして学校は、単に勉強をする場所ではなく、社会の一員を育てる機関でもあります。
その考え方のもと、日本では「学習指導要領」というものが作られ、それに沿って学校教育が行われています。
そのため、日本の学校には次のような活動があります。
- 掃除
- 給食
- 係活動
- 学級会
- 道徳
日本独特だと感じる「掃除」
特に、日本の学校の掃除は独特の文化だと思います。
私自身、学校で集団行動の大切さや、時間を守ること、公共の場所でのふるまい方などを学んだと感じています。
もちろん、それが同調圧力につながる側面もあると思いますが……。
それでも、メキシコに来てから「日本の教育でいいな」と思うことの一つが、やはり掃除です。
おそらく多くの日本人が、遠足などで先生にこう言われたことがあるのではないでしょうか。
「来たときよりきれいにして帰りなさい」
その考え方があるからこそ、日本では道端にゴミを捨てる人は少ないですし、犬のフンも持ち帰る人がほとんどです。
しかも、それが「当たり前」になっています。
違反する人は白い目で見られる、ある意味では社会的な監視のような仕組みも働いています。
それが結果として、マナー違反の抑止にもつながっているのだと思います。
だから、日本はきれいなんだと感じます。
日本にいたときは「日本はきれい」と言われても、
「いや、そこそこゴミ落ちてるけど?」と思っていました。
でも海外に来て思いました。
日本は本当にきれいです。
ゴミが落ちていることもありますが、海外はその比ではありません。
もしもう一度説明するなら
もし次に、日本の学校について説明する機会があったら、私はこう言おうと思います。
日本では学校は勉強だけをする場所ではありません。
社会の一員になるための練習の場所でもあります。
例えば
- 子どもが学校を掃除する
- 給食を配る
- 役割を持つ
これらは単なる作業ではなく、
社会のルールを学ぶための活動です。
そしてそれが
公共空間を大切にする文化
につながっているのだと思います。
日本の教育は、私の一部
メキシコの教育については、まだよく分かりません。
でも、私が受けてきた教育は、確実に今の私を作っているし、日本人である私の一部なんだな、と改めて感じました。
そして大人になって思うこと。
「もっと勉強しておけばよかった!」
これはきっと、世界共通なのではないでしょうか。

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